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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)62号 判決

ドイッ連邦共和国バーデン・ビュール・インズストリイストラーセ3

原告

ルーク・ラメレン・ウント・クップルングスバウ・ゲゼルシャフト・

ミット・ベシュレンクテル・ハフツング

同代表者

ゲルハルト・ロッテル

同訴訟代理人弁護士

牧野良三

同弁理士

久野琢也

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

高橋美実

田中弘満

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第8075号事件について平成7年11月6日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1983年11月15日及び1984年3月5日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づいてパリ条約4条の規定による優先権の主張をして昭和59年11月15日に出願した特願昭59-239615号の一部につき、発明の名称を「複数部分から成るはずみ車」として、平成2年8月6日に新たな特許出願(特願平2-206934号)をしたが、平成6年1月5日拒絶査定を受けたので、同年5月16日審判を請求し、平成6年審判第8075号事件として審理された結果、平成7年11月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月6日原告に送達された。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  本願の特許請求の範囲第14項に記載された発明(以下「本1願第1発明」という。)の要旨

トルク変動を吸収するためのはずみ車であって、3つの部分(3、4、29)に分割されて、機関側の部分はずみ車(3)と中間部分はずみ車(29)とクラッチ側の部分はずみ車(4)とを有し、クラッチ側の部分はずみ車(4)がクラッチ(4)のクラッチディスク(9)と係合されている摩擦面を有しており、機関側の部分はずみ車(3)と中間部分1まずみ車(29)とが第1の弾性的な手段(52)によって結合され、中間部分はずみ車(29)とクラッチ側の部分はずみ車(4)とが第2の弾性的な手段(38)によって結合されており、クラッチ側の部分はずみ車(4)が機関側の部分はずみ車(3)により、ころがり軸受(16、17)によって支持されていることを特徴とする、内燃機関とクラッチとの間のトルク変動を吸収するための複数部分から成るはずみ車。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載

特開昭55-20964号公報(以下「引用例」という。)には、「本発明による回転トルク伝達装置1の実施例は、クランクシャフトとクラッチシャフトとの間に、適用されたもので、」(2頁左下欄18行ないし右下欄1行)、「フライホイール9の内周部に断面L型をなした環状の第1のドリブンプレート16をボルト17で固定させる。この第1のドリブンプレート16とフライホイール9との間に第2のドリブンプレート18を固定し、第1および第2ドリブンプレート16、18が、ドライブプレートブッシュ19を介して、フライホイール9と共に、ドライブプレート7に対し回転可能とさせる。」(2頁右下欄19行ないし3頁左上欄8行)、「第1および第2のドライブディスク20、21の各外側壁に摩擦板24を擦接させ対向する内側壁間にダイヤフラムスプリング25を配設する。」(3頁左上欄19行ないし右上欄2行)、「フライホイール9の外側壁面にディスク27の外周部に固着されたクラッチライニング28を、・・・圧接可能とさせる。」(3頁右上欄15行ないし19行)、及び「ダイヤフラムスプリング25が、クラッチライニング24をリングギア11とドライブプレート7の側壁面に圧接させるので、該回転トルクは、摩擦板24を介して、第1および第2のドライブディスク20、21に伝達され、次いで、コンプレッションスプリング26を介して、第1および第2のドリブンプレート16、18に伝達される。第1および第2のドリブンプレート16、18は、フライホイール9と固定関係にある。」(3頁左下欄3行ないし13行)との記載がある。

(3)  本願第1発明と引用例記載のものとの対比

本願第1発明の「機関側の部分はずみ車(3)」、「中間部分はずみ車(29)」、「クラッチ側の部分はずみ車(4)」、「クラッチディスク(9)」、「第1の弾性的な手段(52)」、「第2の弾性的な手段(38)」、「軸受(16、17)」は、それぞれ引用例記載のものの「ドライブプレート7」、「第1および第2のドライブディスク20、21」、「フライホイール9」、「ディスク27」、「ダイヤフラムスプリング25」、「コンプレッションスプリング26」、「ドライブプレートブッシュ19」に相当するから、両者は、「トルク変動を吸収するためのはずみ車であって、3つの部分(3、4、29)に分割されて、機関側の部分はずみ車(3)と中間部分はずみ車(29)とクラッチ側の部分はずみ車(4)とを有し、クラッチ側の部分はずみ車(4)がクラッチ(7)のクラッチディスク(9)と係合されている摩擦面を有しており、機関側の部分はずみ車(3)と中間部分はずみ車(29)とが第1の弾性的な手段(52)によって結合され、中間部分はずみ車(29)とクラッチ側の部分はずみ車(4)とが第2の弾性的な手段(38)によって結合されていることを特徴とする、内燃機関とクラッチとの間のトルク変動を吸収するための複数部分から成るはずみ車。」の点で一致し、次の点で相違する。

〈1〉 機関側の部分はずみ車(3)により軸受(16、17)によって支持されるものが、本願第1発明では、クラッチ側の部分はずみ車(4)なのに対して、引用例では第1および第2ドリブンプレート16、18である点(以下「相違点〈1〉」という。)

〈2〉 軸受が、本願第1発明ではころがり軸受なのに対して、引用例ではすべり軸受である点(以下「相違点〈2〉」という。)

(4)  相違点の判断

〈1〉 相違点〈1〉について

第1および第2ドリブンプレート16、18は、ボルト17によりフライホイール9(本願第1発明のクラッチ側の部分はずみ車(4)に相当する)に固定され、これらが一体となってドライブプレートブッシュ19(本願第1発明の軸受(16、17)に相当する)に支持されるから、間接的にフライホイール9がドライブプレートブッシュ19に支持されることになる。そして、直接フライホイールを軸受で支持することは従来周知(例えば、特開昭55-132435号公報、特開昭54-7008号公報等を参照。)であるから、間接的に支持されるか、それとも、直接的に支持されるかというようなこと(言い換えれば、第1および第2ドリブンプレート16、18が支持されるか、それとも、フライホイール9が支持されるかというようなこと)は、当業者が適宜決定できる設計的な事項にすぎない。

〈2〉 相違点〈2〉について

軸受の形式としてころがり軸受とすべり軸受とは、いずれも従来周知であり、かつ、どちらの形式とするかというようなことは、単なる設計変更にすぎない。

(5)  したがって、本願第1発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、本願第1発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

なお、前述のように本願第1発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、このような発明を包含する本願については、特許請求の範囲第1~13項に記載された発明について判断するまでもなく特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)〈1〉は争い(但し、直接フライホイールを軸受で支持することが従来周知であることは認める。)、〈2〉は認める。同(5)は争う。

審決は、相違点〈1〉についての判断を誤り、かつ、本願第1発明の顕著な作用効果を看過して、本願第1発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点〈1〉の判断の誤り(取消事由1)

〈1〉 本願第1発明のディスク35、36(引用例の第1.第2ドリブンプレート16、18に相当する)は、隔てボルト37(引用例のボルト17に相当する)によりはずみ車4(引用例のフライホイール9に相当する)に固定されている点は、引用例発明の構成と異なることがない。

しかしながら、引用例の第1図(別紙図面2参照)に示す装置において、仮に第1、第2ドリブンプレート16、18がドライブプレートブッシュ19と当接して支持されていないとすれば(両者の間に間隔があるとすれば)、ボルト17によりフライホイール9に固定された第1、第2ドリブンプレート16、18が宙吊り状態となり、第1、第2ドリブンプレート16、18、ボルト17、フライホイール9が一体となってドライブプレートブッシュ19により支持されることが不可能となる。

したがって、引用例発明では、第1、第2ドリブンプレート16、18がドライブプレートブッシュ19に当接して支持されることをもって発明の必須要件と解すべきである。

これに対して、本願の図面第1図(別紙図面1参照)においては、隔てボルト37によってはずみ車4に固定されたディスク35、36はころがり軸受16、17と接しておらず、両者は間隔をおいて設けられている。つまり、本願第1発明においては、隔てボルト37によって部分はずみ車4に固定されたディスク35、36はころがり軸受16、17と間隔をおいて配置されていることをもって必須の要件とするものであり、本願特許請求の範囲第14項中の「クラッチ側の部分はずみ車(4)が機関側の部分はずみ車(3)により、ころがり軸受(16、17)によって支持されている」との構成は、「クラッチ側の部分はずみ車(4)が機関側の部分はずみ車(3)により、ディスク35、36との間に間隔をおいて配置されたころがり軸受(16、17)により支持されている」ものと解釈すべきである。

上記のとおり、本願第1発明においては、ディスク35、36がころがり軸受16、17と間隔をおいて配置されているのに対し、引用例発明においては、第1、第2ドリブンプレート16、18がドライブプレートブッシュ19に当接して支持されているのであって、両発明の構成上の差異に鑑みれば、引用例発明について、審決が、「間接的にフライホイール9がドライブプレートプッシュ19に支持されることになる」(甲第1号証7頁6行、7行)と認定、判断する技術的・理論的根拠は全くないものというべきであって、上記認定、判断を前提とする相違点〈1〉の判断は誤りである。

〈2〉 本願第1発明は、「中間部分はずみ車(29)とクラッチ側の部分はずみ車(4)とが第2の弾性的な手段(38)によって結合されており、クラッチ側の部分はずみ車(4)が機関側の部分はずみ車(3)により、ころがり軸受(16、17)によって支持されている」ことをもって発明の必須要件とするものであって、中間部分はずみ車29がころがり軸受を介して質量体3に摺動自在に連結される構成は、本願特許請求の範囲第14項、発明の詳細な説明及び図面のどこにも記載されておらず、このような構成を本願第1発明の構成要件に取り入れることは、技術的に不可能であることからみて、本願第1発明の構成から排除されているものと考えられる。

これに対して、引用例発明においては、第1、第2ドライブディスク20、21(本願第1発明の中間部分はずみ車29に相当する)及びこれと連結する第1、第2ドリブンプレート16、18(本願第1発明のディスク35、36に相当する)、並びにフライホイール9は一体としてドライブプレートブッシュ19(本願第1発明のころがり軸受16、17に相当する)を介して、摺動可能にドライブプレート7に連結されるものである。

本願第1発明と引用例発明とは、上記のとおりの顕著な構成上の差異を有しているから、本願第1発明の上記構成を引用例発明から予測することは到底不可能であり、この点からいっても、相違点〈1〉の判断は誤りである。

〈2〉 顕著な作用効果の看過(取消事由2)

本願第1発明は、「質量体3を一般的な形式ではずみ車のようにクランク軸に取り付けることができ、次いで質量体4、緩衝装置13、滑りクラッチ14・・・形成されたユニットがねじ26によって質量体3に固定されることができる・・・。ころがり軸受16、17によって形成された支承部15はあらかじめ質量体3に取付けられるかまたは上記のユニットといっしょに組付けられる。」(甲第2号証26頁6行ないし18行)ことによって、特別簡単かつ安価にはずみ車を製作することができるという顕著な作用効果を奏するものである。

審決は、本願第1発明の上記顕著な作用効果を看過した。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、また、本願第1発明の作用効果についての看過もない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本願特許請求の範囲第14項には、ころがり軸受(16、17)がディスク35、36との間に間隔をおいて配置されることは記載されておらず、また、特にこのように認定しなければならないとする特段の事情があるとも考えられず、これを発明の要旨とすることはできない。

したがって、上記の点についての原告の主張は、本願第1発明の要旨に基づかないものであって失当である。

また、原告は、引用例発明について、第1、第2ドライブディスク20、21及びこれと連結する第1、第2ドリブンプレート16、18、並びにフライホイール9は一体としてドライブプレートブッシュ19を介して、摺動可能にドライブプレート7に連結される旨主張するが、「フライホイール9及び第1、第2ドリブンプレート16、18が、ドライブプレートブッシュ19を介して、ドライブプレート7に摺動可能に連結される」ことと、「第1、第2ドリブンプレート16、18がコンプレッションスプリング26を介して第1、第2ドライブディスクに連結されること」とは、各々別の次元の内容、即ち、軸受(前者)及びトルク伝達部(援者)を述べたものであり、これらから直ちに、「第1、第2ドライブディスク20、21が、ドライブプレートブッシュ19を介して、ドライブプレート7に摺動可能に連結される」とはいえないし、引用例にもそのような記載はない。

したがって、原告の上記主張は失当である。

(2)  取消事由2について

原告の主張する、「質量体4、緩衝装置13、滑りクラッチ14・・・によって形成されたユニットがねじ26によって質量体3に固定されることができ」るという作用効果は、本願特許請求の範囲第14項に記載されていないねじ26によって生ずるものであるから、本願第1発明の要旨に基づかないものである。

また、「質量体3を一般的な形式ではずみ車のようにクランク軸に取り付けることができ」、及び、「ころがり軸受16、17によって形成された支承部15はあらかじめ質量体3に取付けられるかまたは上記ユニットといっしょに組付けることができる」という効果は、本願第1発明の要旨からどのように導き出されるのか不明である。仮に、このような効果があるとしても、ドライブプレート7はボルト6によりクランクシャフト2に取り付けられ、ドライブプレートブッシュ19は、ドライブプレート7または第1のドリブンプレート16のいずれか一方に取り付けられるのであるから、引用例に記載されたものでも、充分期待できるものである。

さらに、特別簡単かつ安価にはずみ車を製作することができるという効果は、本願第1発明の要旨からどのように導き出されるのか不明である。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の要旨)、3(審決の理由の要点)、並びに、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の摘示)、(3)(本願第1発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点の認定)、(4)〈2〉(相違点〈2〉についての判断)は、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  上記1に説示のとおり、引用例には、「フライホイール9の内周部に断面L型をなした環状の第1のドリブンプレート16をボルト17で固定させる。この第1のドリブンプレート16とフライホイール9との間に第2のドリブンプレート18を固定し、第1および第2ドリブンプレート16、18が、ドライブプレートブッシュ19を介して、フライホイール9と共に、ドライブプレート7に対し回転可能とさせる。」(甲第12号証2頁右下欄19行ないし3頁左上欄8行)と記載されていること、本願第1発明におけるクラッチ側の部分はずみ車(4)軸受(16、17)が、それぞれ引用例のフライホイール9、ドライブプレートブッシュ19に相当することは、当事者間に争いがない。

上記争いのない事実によれば、引用例発明について、「第1および第2ドリブンプレート16、18は、ボルト17によりフライホイール9(本願第1発明のクラッチ側の部分はずみ車(4)に相当する)に固定され、これらが一体となってドライブプレートブッシュ19(本願第1発明の軸受(16、17)に相当する)に支持されるから、間接的にフライホイール9がドライブプレートブッシュ19に支持されることになる。」(甲第1号証6頁末行ないし7頁7行)とした審決の認定、判断に誤りはないものというべきである。

そして、直接フライホイールを軸受で支持することが従来周知であることは当事者間に争いがないから、「間接的に支持されるか、それとも、直接的に支持されるかというようなこと(言い換えれば、第1および第2ドリブンプレート16、18が支持されるか、それとも、フライホイール9が支持されるかというようなこと)は、当業者が適宜決定できる設計的な事項にすぎない。」(同7頁11行ないし16行)とした審決の判断に誤りはない。

(2)〈1〉  原告は、本願第1発明においては、ディスク35、36がころがり軸受16、17と間隔をおいて配置されているのに対し、引用例発明においては、第1、第2ドリブンプレート16、18がドライブプレートブッシュ19に当接して支持されているのであって、両発明の構成上の差異に鑑みれば、引用例発明について、審決が、「間接的にフライホイール9がドライブプレートブッシュ19に支持されることになる」(甲第1号証7頁6行、7行)と認定、判断する技術的・理論的根拠が全くない旨主張する。

しかしながら、本願特許請求の範囲第14項には、ころがり軸受(16、17)について、「クラッチ側の部分はずみ車(4)が機関側の部分はずみ車(3)により、ころがり軸受(16、17)によって支持されている」と記載されているだけであって、上記特許請求の範囲には、ディスク35、36がころがり軸受16、17と間隔をおいて配置されている構成は記載されていないし、上記特許請求の範囲の記載から上記事項を把握することもできないから、上記構成は本願第1発明の要旨外のものというべきである。

上記のとおり、本願第1発明においては、軸受16、17とディスク35、36との配置関係について、間隔をおいて配置されているとも、当接して配置されているとも限定されていないのであるから、本願第1発明と引用例発明との間には、軸受(ドライブプレートブッシュ)とディスク(ドリブンプレート)との配置関係に関して構成上の差異が存するものとすることはできない。

したがって、上記構成上の差異があることを前提とする原告の上記主張は採用できない。

〈2〉  原告は、本願第1発明においては、中間部分はずみ車29がころがり軸受を介して質量体3に摺動自在に連結される構成が排除されているのに対し、引用例発明においては、第1、第2ドライブディスク20、21及びこれと連結する第1、第2ドリブンプレート16、18、並びにフライホイール9は一体としてドライブプレートブッシュ19を介して、摺動可能にドライブプレート7に連結されるものであって、顕著な構成上の差異があるから、本願第1発明の上記構成を引用例発明から予測することは到底不可能である旨主張する。

本願第1発明は、特許請求の範囲第14項に「中間部分はずみ車(29)とクラッチ側の部分はずみ車(4)とが弾性的な手段(38)によって結合されており」と記載した構成を備えるものである。

上記構成は、本願明細書の発明の詳細な説明中の「本発明の課題は、内燃機関の始動、停止及び通常運転時に生じる振動衝撃の発生を阻止する」(甲第2号証7頁8行ないし10行)、「ディスク35、36ならびに入力部34には切欠35a、36aならびに34aが設けられておりこの切欠内にコイルばね38の形状の蓄力装置が収容されている。コイルばね38は入力部34と両方の回動不能なディスク35、36との間の相対的な回動に逆らって作用する。」(同13頁末行ないし14頁6行)、「両方のディスク35、36の切欠35a、36a、入力部34の切欠34aならびにその中に設けたコイルばね38は第3図で詳しく説明するような多段階状の緩衝特性が得られるように緩衝装置13の周囲に配置されかつ設計される。」(同16頁8行ないし13行)との記載からして、中間部分はずみ車(29)とクラッチ側はずみ車(4)との間に弾性的な手段を設けるものであって、トルク変動に基づく衝撃を弾性的な手段によって緩和するために設けられたトルク伝達部に関する構成であると認められる。

他方、本願第1発明のころがり軸受に関する構成は、本願特許請求の範囲第14項に「クラッチ側の部分はずみ車(4)が機関側の部分はずみ車(3)によりころがり軸受(16、17)によって支持されている」と記載されているように、クラッチ側と機関側の両はずみ車をころがり軸受によって支持するという、はずみ車の支持形態に関する構成であると認められる。

上記のとおり、本願第1発明において、中間部分はずみ車29とクラッチ側のはずみ車4とが弾性的に結合されている構成は、両者を支持するためではなく、トルク伝達部の衝撃の緩和のために採択されているものであって、ころがり軸受が果たしているはずみ車の支持とは技術的意義を異にするものであり、これらは技術的に切り離して考察することが可能であるから、本願第1発明の「中間部分はずみ車(29)とクラッチ側の部分はずみ車(3)とが弾性的な手段(38)によって結合されており、クラッチ側の部分はずみ車(4)が機関側の部分はずみ車(3)により、ころがり軸受(16、17)によって支持されている」との構成によって、中間部分はずみ車29がころがり軸受を介して質量体3に摺動自在に連結される構成を積極的に排除しているとまでは認められない。

次に、引用例には、「第1および第2ドリブンプレート1618が、ドライブプレートブッシュ19を介して、フライホイール9と共に、ドライブプレート7に対し回転可能とさせる」(甲第12号証3頁左上欄4行ないし8行)と、フライホイール9及び第1、第2ドリブンプレート16、18が、ドライブプレートブッシュ19を介して、ドライブプレート7に摺動可能に連結されることが記載され、また、「該回転トルクは、摩擦板24を介して、第1および第2のドライブディスク20、21に伝達され、次いで、コンプレッションスプリング26を介して、第1および第2のドリブンプレート16、18に伝達される。」(同3頁左下欄6行ないし11行)と、第1.第2ドリブンプレート16、18がコンプレッションスプリング26を介して、第1、第2のドライブディスク20、21に連結されることが記載されている。しかし、前者は支承部の構成に関することであり、後者はトルク伝達部に関することであって、これらの間に有機的な関連性を見出すことはできない。

したがって、引用例の上記各記載から直ちに、「第1、第2ドライブディスク20、21が、ドライブプレートブッシュ19を介して、ドライブプレート7に摺動可能に連結される」構成が開示されているものと認めることはできない。

上記のとおりであって、原告の上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおりであるから、取消事由1は理由がない。

3  取消事由2について

本願明細書には、「質量体3を一般的な形式ではずみ車のようにクランク軸に取付けることができ、次いで質量体4、緩衝装置13、滑りクラッチ14・・・によって形成されたユニットがねじ26によって質量体3に固定されることができることにある。ころがり軸受16、17によって形成された支承部15はあらかじめ質量体3に取付けられるかまたは上記のユニットといっしょに組付けられる。」(甲第2号証26頁6行ないし18行)と記載されていることが認められる。

ところで、引用例中の「慣性体4は、その内周端をクランクシャフト2にボルト6で固定された環状のドライブプレート7と」(甲第12号証2頁右下欄7行ないし9行)との記載によれば、引用例発明においても、質量体3に相当するドライブプレート7をボルト6によってクランクシャフト2に固定していることが認められるから、質量体3を一般的な形式ではずみ車のようにクランク軸に取り付けることができるという本願第1発明の作用効果は、引用例発明においても奏することができるものと認められる。

次に、本願特許請求の範囲第14項には「ねじ26」について記載されていないから、これを本願第1発明におけち要旨とすることができず、したがって、ねじ26によって生じる、「質量体4、緩衝装置13、滑りクラッチ14・・・によって形成されたユニットがねじ26によって質量体3に固定される」という作用効果は、本願第1発明において奏し得るものと認めることはできない。

引用例発明においては、ドライブプレートブッシュ19が第1、第2ドリブンプレート16、18とドライブプレート7との間に介在しているから、組付けの際にいずれかに取り付けることが可能であって、ころがり軸受16、17によって形成された支承部15はあらかじめ質量体3に取り付けられるかまたはユニットと一緒に組付けられるという本願第1発明の作用効果は、引用例発明においても奏することができるものと認められる。

原告は、本願第1発明は特別簡単かつ安価にはずみ車を製作することができるという顕著な作用効果を奏するものである旨主張するが、上記のとおり、引用例発明においても、本願第1発明における、「質量体3を一般的な形式ではずみ車のようにクランク軸に取り付けることができ、ころがり軸受16、17によって形成された支承部15はあらかじめ質量体3に取り付けられるかまたはユニットと一緒に組付けることができる」という作用効果と同様の作用効早を奏し得るものであるから、引用例発明においても、程度の差はあれ、特別簡単かつ安価にはずみ車を製作することができるという作用効果を期待することができるものと認められる。

以上のとおりであるから、審決に原告主張の作用効果の看過はなく、取消事由2は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の定めについて、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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